フィールドとテーブル

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Recipe

2019/03/09 14:25

日本酒業界に革命をもたらした4人の日本酒伝道師たちが、京都の松本酒造に集まった。酒米の王様・山田錦の田んぼを眺め、酒杯をなめつつ、酒のこれからを熱く語り合う。

この4人に語ってもらいました


勝木慶一郎 かつき・けいいちろう(写真 右)
「東一」で知られる五町田酒造で製造責任者として活躍。酒米・山田錦を佐賀県の酒造好適米として普及させた功労者。現在は松本酒造を中心に飽くなき探究心をもって米作り、酒造りに邁進中。

松本日出彦 まつもと・ひでひこ(写真 右から2人目)
兄とともに1791年創業の老舗「松本酒造」を継ぎ、杜氏として「澤屋まつもと守破離」を世に出す。コンテンポラリーな世界の食シーンと向き合う稀有な醸造家として注目を集める。

佐藤祐輔 さとう・ゆうすけ(写真 左から2人目)
秋田県の新政酒造の8代目として蔵を継ぐや、固定概念を覆す酒造りと商品を発表し続け、人気の蔵に。探究心に富む革命的醸造家。また酒造りに使われる6号酵母は同酒蔵が発祥の地。

庄島健泰 しょうじま・たけやす(写真 左)
博多の「住吉酒販」5代目。日本酒の魅力をわかりやすく伝える伝道師。博多駅に九州の酒と食に限定した2店舗目、東京ミッドタウン日比谷に「本物の味を伝える」ため、3店目を出店。

「酒の品質で、消費者に米の価値を知ってもらう」
― 松本日出彦

庄島 いま、私が取り組んでいるテーマは「フィールド・トゥー・テーブル」です。畑、田んぼ、山、海といった日本の自然から食卓への流通の担い手になる。それにより生産者と消費者との距離が近づいて、日々の食生活を豊かにできればと思う。

日本酒の原料が米であることは、誰でも頭ではわかってる。その一方で、米粒を残すことへの罪悪感のようなものが希薄になってきている気がするんです。もっと米の酒であることを感じてもらい、フィールドにいる生産者の気持ちを理解してほしいんです。

勝木さんは、昔から米作りに取り組んでいますね。いまは、松本さんと一緒に米作りをやっている。佐藤さんも独自に自社田などの挑戦を続けています。

まずはそれぞれ、米という視点から今の課題を教えてください。

勝木 私はかれこれ40数年、酒造りに携わってきています。日本酒には、かつて特級や一級といった等級がありましたね。それがなくなった平成の頭から、現在の純米や吟醸といった特定名称が普及した。そこで新たな酒造りが求められるようになった。さらに減反政策も廃止され、米の価値が問われているなか、酒蔵から見たいい米とは何かをあらためて考える時期に来ていると思いますね。

松本 実際に田んぼに通いながら思うのは、米農家さんがずっと取り組んできた課題は米の収量を増やすことだと。効率よく作って、たくさん売れればうれしいですから。その農家さんの感覚と醸造家の感覚をすり合わせていく必要がある。お互いが米の価値を再認識するいい機会になるはずです。

フィールド・トゥー・テーブルでいえば、農家と消費者との距離感を近づけるツールとして日本酒がある。酒の品質で、消費者に米の価値を知ってもらう必要がある。いまそれをやらないと米の値段や流通、高齢化など農家が抱える問題に対処する時期を逸してしまう。それを踏まえて醸造家としての道を探そうとしています。

佐藤 僕は自分の蔵を継いだとき、商品は普通酒がメインのよくある地方の小規模蔵でした。そこから蔵を成長させるために、こだわりのある酒造りに切り替えました。

米作りまで手がけようと思ったのは、いまは我々、醸造家のほうが農家さんよりもこだわりが進んでいる面がある。松本君が言うように、いまだに地方に行くと多収の米を開発しているのが現状です。米の価値を高めるためには、量より質。僕ら醸造家の現場から、米の品質へのこだわりを伝えていかないと変わっていかない。

多くの酒蔵の努力で、すでに契約栽培米は当たり前になってきた一方、秋田ではすでに契約栽培をお願いできる農家さんが減ってきているのが現状なんです。なので、自社田にも取り組まないと、10年後に自分の酒を造る米がないという状況すらある。

庄島 醸造家から見て、米の質というのはどのように考えているのでしょうか?

佐藤 日本酒の原料は米ですから、その大事な部分に関わっていくことで酒の品質がアップする可能性はおおいにある。味わいを良くすることは、酒蔵の経営においても第一の目的ですから。

松本 米の味、質が日本酒の何に反映されているのか、消費者にはとらえにくいと思います。なので米の生産に関わった醸造家が、酒の味わいを通じて、消費者に米の品質をどのように伝えていくのかは、重要な課題ですよね。

私の感覚では、酒造りの工程で麹菌や酵母菌、乳酸菌といった微生物の要素を減らすことが一つの解法と思っています。微生物由来の味わいを過剰に出さないようにすると、原料である米のディテールを感じられるようになる。それが酒の品格になると思うからです。

自然な発酵、米の品質、日本酒文化のあるべき形……酒を深く考えて、その再構築したものを発信しないといけない。酒造りの先輩にも農業をやっている人はいるけど、まだまだスタンダートになってない。醸造家は、次のマーケットを作るきっかけになる要素を米作りに感じているんだから、発信し続けていかないと。うまくいけば新政みたいに爆発的にヒットする可能性もある。

佐藤 爆発しているかなあ(笑) 庄島さんは、日本酒の売り手ですが、その視点から米をどう見ていますか?

庄島 まず僕は、米というと白飯のイメージがある。おおらかさを感じるんです。自分にフィットする何かがある。田んぼの質感があって、米の作り手、酒の造り手を経過して、消費者の手が自然と伸びていく酒というのがある気がします。どこどこ産というだけでは、地方性は十分ではないし、売りにもなりにくい。選択肢にはなると思うけど。

酒は農業×工芸だと思うんです。米は大事な要素の一つですが、米に人が掛け合わさってはじめて酒の特徴になると思う。

松本 造り手に愛情がないといい酒は生み出せない。米がよければすべてよし、というわけにはいかないですからね。

「酒のラベルから透けて見える風景を語れるか」
― 勝木慶一郎

勝木 米の話が出ましたが、忘れてはいけないことがある。それは酒造りの主役はあくまで酵母であるということだ。アルコールを作るのは酵母の仕事。それが主役であることは間違いないのない事実。

たとえ話をすると、オペラで主役が活躍するには舞台がいる。酒における舞台が何だというと、米ということになる。原料である米が大きな枠組みで酵母という主役をどう生かすかが、米の種類や醸造法といった舞台装置なんだ。

松本 その一方で、酵母に目がいきすぎるきらいがある。華やかな香りの18号系とかね。それは間違いではないけど、そこに日本酒のアイデンティティーがあるかというと難しい。同じ6号酵母を使ったからって「新政」にはならないわけだし。

勝木先生は米を舞台と言ったけど、この舞台は最高にいい音するんだぜ、とか。狭いけどエレガントな雰囲気なんだぜ、とか。造り手としては、そういうところを伝えようとしている。米の性質や生育環境も含めた舞台が日本人のアイデンティティーになるはずなのに、それを忘れかけてる気がしますね。

勝木 舞台作りがアイデンティティーになるというのはおもしろいねえ。

松本 実際、すでに外国産の山田錦でもおいしい日本酒を造れちゃいますから。たとえばスペインでも日本酒を造れるだけの田んぼの環境はそろってる。

佐藤 日本酒のニューワールドはありうるよね。

松本 そう。そうした状況で日本酒が本当の価値を伝えていくときに、何を持って本物の酒なのか、確固たるアイデンティティーが必要なんですよ。たんに米の品種だけではなく「この生育環境の米じゃないと、この酒の味にはならないんだ」と言いきっていかないと。

佐藤 いま流行りのクラフトビールなんかは土地性がないじゃない。酒が日本で生まれたものであることを最大限利用するには、どこどこ産というだけでなく、その環境を伝えないと。そもそも何百年も酒を造ってきたんだから、蔵があるところは米作り、酒造りの好適地であったはず。

地方の零細企業で有利な点は、その土地でやってきたことの理由を述べるのが、そのまま魅力になるという点。そういう意味では、自分の蔵の酒は、秋田の米でよかったといえるんじゃないかな。いまは山田錦を使わないのが武器になっていると感じる。

勝木 全国新酒鑑評会では山田錦でしっかり醸造技術を競えばいいですよ。でも舞台が違えば、当然、違う酒になっていい。鑑評会での評価はそこでだけのもの。実際の評価は、お客さん。つまりマーケットで行われるものでしょう。庄島さんのような酒販店の役割は、お客さんに違う個性の酒をその背景までしっかり伝えてもらうことだと思いますね。

庄島 博多の本店は、地元の飲食店への卸がメイン。また店頭にはマニアックな日本酒ファンたちが来てくれますね。博多駅店は、旅行客のお土産需要。今回オープンした日比谷の店では、また違う層のお客さんが来てくれると思います。

今までは一つの商品をさまざまな層に売ろうとしていたように思うんです。いい酒を仕入れて「この商品が欲しい人、集まれ~」みたいな(笑)

しかし、多店舗展開をしていくなかで、これからはお客さんの層に合わせて商品のラインナップを店ごとにそろえていく必要を感じています。

佐藤 それに、山田錦は醸造家からすれば造りやすいけど、飲み手の味の好みは千差万別だしね。東北の酒なんだから渋くて硬いのがいいよねとか。

庄島 その通りです。いい酒とは何かを考えたら味わいに加えて地域性が重要になる。日本の原風景である田んぼの側にある蔵の酒については、お客さんにもその魅力を感じ取ってもらいたい。フィールドに近い造り手の酒はとても価値があると思いますね。

勝木 地域性ということではもう一つ、欠かせない酒の原料がある。それは水ですよ。酒は米洗いから仕込みまで水を使う。原料を生かすための水、水を生かすための造り方がある。

松本 確かに、いい原料を使えばいいというものではない。うちでは兵庫の山田錦を使っています。また、米作りにも積極的に関わっていく準備も着々と整えている。蔵とフィールドの距離は地理ではなく関わり方だと思います。兵庫の特Aの山田錦を使っています、ではなくて、その原料によって酒の何を表現しているのかを説明できないとダメなんです。

私は常に、料理と一緒に楽しめる酒を追求している。素材を生かすための酒になりうるか、という観点から旨味を求めて兵庫の山田錦に行き着いたんです。

そもそも京都では地産地消なんてことはありえない。千年前からいい原料を全国から持ってきて京都の水で素材を生かす調理を施す。それが京都の食文化ですよ。酒も同じです。最高の米を持ってきて、京都の水を用い、京都の感性で切り取る。

佐藤 それも一つの歴史なんだよね。そういうのが本当の食文化。地域性と関係がない酒造技術のことばかり話していても、それは違うな、と思います。酒は文化的飲料であって、ただの清涼飲料ではないですから。地元の米や水を第一に語らないともったいないと思う。

勝木 ラベルから透けて見える蔵の風景なんですよ。それを語り伝えるのが大事。

「味わいは、  伝統を残すための手段にすぎない」
― 佐藤祐輔

庄島 酒を飲んで、何かこうピンと心が動くことがあるんです。すると、ここに実際に行ってみようとなる。心を惹きつけるものが何かといえば、それは田んぼのある風景なんですよ。一方で、造り手が農家に寄った分、酒販店は消費者に寄っていく必要がある。造り手がやっていることは理解するけど、酒販店が蔵に近づきすぎると、どんどんマニアックになってしまうから。

お客さんに感覚を寄せていく取り組みのひとつして考えたのが、モダン/クラシックという酒の分け方でもあるんです。

勝木 モダンとクラシックは、私のような古い人間の言葉で言えば、流行と不易ですよ。流行を追うのがモダン。不易は変わってはいけない部分。不易の部分にだって、かつては流行=モダンであったものもある。着物の伝統柄である市松模様だって今日では不易だが、それが広まった江戸時代では最先端の流行だった。

佐藤さんの6号酵母を使った酒造りだって不易を用いながらも、同時にモダンを語っているんでしょう。

佐藤 そうですね。うちの蔵の場合は、6号酵母の発祥地という伝統がありますから。味わいは流行だから、毎年ころころ変えていって構わない。お客さんの好みだって変わる。昔の文献を調べても、明治・大正・昭和で求められる味は、全然違うんですよね。好まれる味を提供しながら、お客さんの記憶に日本酒の伝統という不易を文化として蓄積させていきたいですよね。

勝木 産地の意味を考えることが、不易ですよ。

佐藤 味わいは、伝統を伝えるための手段ですよね。まずは飲んで美味しいって言われないと、消費者も酒にはまらないですからね。私は味がいまいちと評価されたら、すぐに変えます(笑)

庄島 モダン/クラシックは、フレッシュ感と熟成感とに味わいを分けています。今の日本酒マーケットでは、その差が一番わかりやすく消費者に伝わると思うからです。これからも酒造りの変化を観察して、流行と不易の差が一番わかりやすくなるポイントを探っていきたい。それを消費者にアピールすることが日本酒に関心を深めてもらうための手段だと思っています。

松本 味わいの流行は確かにある。最近はいわゆるモダンな酒がもてはやされてもいる。しかし、僕の場合、味わいに関しては、はずしちゃいけない軸があるんです。

僕は飲食店に行っていろんなものを食べ、現代のシェフがつかんでいる原料と味わいのバランス感覚を吸収するようにしている。その感覚を米にあてたら、自分の米への感覚も変わってきた。食べ歩いて、自分の舌は間違えていないと確認できてから、米と向き合って仕事をする。その仕事の延長に答えがある。

庄島 酒や食に携わる人間にとって食べることは、スポーツ選手の筋トレと同じ。いい質のさまざまな筋トレをしないとね。世界の料理は、どんどん素材の味が魅力になってきている。トレンドは完全にそこにある。そこにピタリとハマる酒の味わいを考えると……

松本 第一線のシェフたちとライブに味わいを作っていく感覚。いま、この時代だからできること、いまを感じてもらうことがこれからの仕事です。

佐藤 ぶれない軸というのはよくわかる。松本君の酒もデビューの頃と違うもんね。酒造りの方向が、同じ造り手としてはっきり見える。変わってるようで変わってなくて、変わってないようでいて変わっている。酵母も米も変えてないのに、酒の味は進化してきている。

松本 お客さんのリアクションから学んで、ポジティブな自己否定をクリエイティブに変えていく。僕たちができるのはこれですというメッセージを酒に託して、さらにマーケットに必要とされる要素を合わせてぶつけていく。米の違いをミニマルに、シンプルに組み上げた酒を造っていきたいですね。

庄島 今回、松本さんが米作りを手がける田んぼにも行きましたが、素晴らしい環境でした。佐藤さんも、自社田でより自然な酒造りを模索している。やっぱり、この時代だからこその取り組みですよね?

佐藤 いま、世界中のトレンドがオーガニックな方向に向かっていますからね。酒をただの工業製品にしてしまってはダメだと思いますよ。それを表現するには、自分のフィールドがやっぱり必要なんです。

松本 最初に戻って、フィールド・トゥー・テーブルということでいえば、日本の田んぼだけでなく、漁場だって維持していくのが難しい。そうした原産地と何かしらリンクして食の世界観を守っていく必要を感じます。自然を体験する意味を通じて、人間らしさを取り戻そうとしている時代じゃないでしょうか?

勝木 自分たちの世代でできなかったことをバトンタッチする思いですよ。いまでないとできないこともたくさんあるから。しかし、一番重要なことを忘れちゃいかん。それは観客を熱狂させること。それには、舞台を作る農家と蔵元の取り組み、主役を生かす酒造りの技術とその背景にある環境を守ること。そして酒販店の役割もこれまで以上に大事になるねえ。

庄島 責任重大です。がんばります! 本日はありがとうございました!


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